1885年、44歳。「散歩」から10年後の作品。カミーユが病死してから6年経っている。
こちらのモデルはアリスの子供シュザンヌ。奥さんのカミーユは早くに亡くなっているので
その奥さんをイメージして書いたのかもしれません。

日傘の女

日傘の女

ただ、正確にはこの作品は顔がほとんどわからず、人物は風景の一部だったようにさえ思われます。
左向きと右向きの両方の向きがあります。

北川村「モネの庭」マルモッタン

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お客さんのところに言った際に話でモネについて、
「日本にモネの庭があるって知ってますか??」と聞かれました。

「お正月に高知のモネの庭に行ってきたんだけどね、ほんとにモネの庭そっくりで~」

と話されていたので早速調べてみました。
→モネの庭

一度行ってみたいですね・・。
「散歩、日傘をさす女」
散歩、日傘をさす女

散歩、日傘をさす女

モネの愛すべき家族が陽光の下に描かれています。
人の影、草の根元にはかげりがなくて、光に満ち溢れた美しい絵は正に印象派モネの画風を代表する作品といえるでしょう。ゴッホが創刊号だった小学館の雑誌は今回はモネ。
明日はその雑誌についてご紹介いたします。

引き続きゴッホの話題でごめんなさい。

自画像、って有名な巨匠はみなさんよく書いています。
ゴッホでも最も有名なものは自分で耳を切って、包帯を巻いている自画像ですが、
この自画像も有名な自画像のひとつ。

ゴッホの自画像

ゴッホの自画像

麦藁帽子の自画像ですが、ゴッホは生涯で40点近くの自画像を書きました。
明るい色彩や線状のタッチはまさに印象派です。
実は自画像を描いている画家は、お金がなくてモデルをかけないので自分で書いていた、というエピソードもあります。

余談ですが、モディリアーニはよく女性のモデルを書いていますが、これはモディリアーニが社交的で女性にも積極的に話しかける
性格だったようで、女性モデルの多さもそういった性格などが出ているのでしょう。反対にゴッホは内気だったようなので・・・。

絵画ひとつでも画家の特色が色濃くでますね。

引き続きゴッホの話です。

ゴッホはアルルの地が好きでこの地でたくさんの絵を描いたのですが、

「明るい日本のように色彩効果が多く、土地の空気が澄んでいる」

と浮世絵の影響を受けた日本の地と同じく賞賛したそうです。

南フランスアルルの地

南フランスアルルの地

この頃浮世絵がブームになり、ゴッホと同じく印象派の巨匠モネは晩年の絵画制作をすごしたジヴェルニーの庭では、浮世絵コレクションが今も残っていますが、その浮世絵を描いた日本はゴッホの中ではすばらしい印象だったのでしょう。

一度訪問してみたいですね。

この2月に創刊号が出ました!
「学館ウィークリーブック~西洋絵画の巨匠「ゴッホ」」

ゴッホといえば魂の叫びを激しい色彩であらわしたポスト印象派の巨匠ですが、
バブルの時期の1987年には安田海上保険(今の損保ジャパン)がひまわりを58億円で、
1990年には大昭和製紙の(今の日本製紙)名誉会長が「医師ガシェの肖像」を125億円で
オークション落札したということがありました。

ゴッホの絵の魅力は強烈な色彩とタッチが濃厚で、芸術に対する真摯な姿勢が伝わり、
ゴッホの生涯やエピソードを知るにつれて共感が深まってしまう、そんな部分がゴッホの人気の1つかもしれません。

今回はゴッホもモネと同じく印象派なのでゴッホの紹介ばかりになってしまいました。

ゴッホ

ゴッホ

ヴェトゥイユのモネの庭(画家の庭)

今日はモネの中でも傑作のご紹介。

ヴェトゥイユのモネの庭

ヴェトゥイユのモネの庭

ヴェトゥイユのモネの庭、です。

モネがヴェトゥイユに移り住んだのは1878年。
そのその翌年1879年、愛妻カミーユを亡くしています。
当時、モネは印象派の収集家オシュデ一家と同居していましたが、画面に出てくる子供たちはその子供です。
手押し車の後ろにいるのがモネの子ミシェル、階段にいるのがオシュデの子ジャン。
そして後方の女性はモネの2人目の妻となるアリス・オシュデです。
生命力に満ちた夏の日の情景は、小道にふりそそぐ太陽のと、青、緑色のコントラストがみずみずしく、子供たちは簡潔に描写されています。
光の画家、という異名を取るモネの中でも希望に満ち溢れる名画です。

モネは浮世絵に感銘をうけた・・・。

というのは有名な話ですが、モネが晩年をすごしたパリ郊外のジヴェルニーの自宅には今でも浮世絵が飾られています。

浮世絵・富嶽36景

浮世絵・富嶽36景

パリの印象派にとって浮世絵の印象は大きかったようで、時の流れをまるで写真のように瞬間で切り取ったかのような絵である浮世絵は、現実感と躍動感のある画風としてモネにも強いインパクトがあったようです。

一部には、「浮世絵コレクター」として収集していたとか・・・。
ジヴェルニーにいくとそのコレクターの片鱗がうかがえます。

ゴーギャン~扇のある静物

先日松方幸次郎のことを書きましたが、
そのアルルの寝室と同じくフランスに置かれることになった作品。

ゴーギャン~扇のある静物

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この作品は実は絵画販売ドットコムにも置いています。
もしよければオフィスでご覧ください。

松方コレクション(まつかたコレクション)とは、実業家松方幸次郎が大正初期から昭和初期にかけて築いた美術品コレクションのこと。

今日の昼に見たドキュメントの番組で、「松方幸次郎」の紹介をしていました。
幸次郎は松方首相の子供にあたり、明治時代から大正時代、そして昭和の時代を生き抜き、モネやマネなど印象派時代の有名な画家とも親交があった人物です。

その中でも「アルルの寝室」は松方がコレクションにしたのですが、
結局敗戦になったこともあってほとんどを没収してフランスのコレクションになってしまいます。

アルルの寝室

アルルの寝室

ただ、当時の吉田茂首相が交渉の結果、ほとんどの作品は日本にかえってきましたが、
アルルの寝室などは返還されませんでした。

実業家の中にも「絵画によって日本人の美の意識を高めたい」という国益を考慮する
松方幸次郎。魅力的な人物で日本の美術に貢献したひとりですね。